宮本百合子

 列車の窓ガラスが緑になってしまうぐらい、松ばかり。パッと展望が開いた。地平線まで密林が伐採されている。高圧線のヤグラが一定の間隔をおいてかなたへ。――いそいでもう一方を見たら、電線は鉄道線路を越えて、再びヒンデンブルグの前髪のような黒い密林のかなたへ遠くツグミの群がとび立った。今シベリアを寂しい曠野と誰が云うことが出来よう。
 エカテリンブルグ=スウェルドロフスキーを通過。モスクワ時間と二時間の差。進んだのだ。列車は石造ステーションの二階にあたるような高いところに止る。駅の下、街に二台幌型フォードがあった。列車の中から見晴らせるだけのところにでも、いくつか新しい工場が建ちかけている。ウラル地方はこのスウェルドロフスキーを中心として、СССРの大切な石炭生産地、農業用トラクター生産地だ。一九三〇年、アメリカのキャピタリストがウラルという名をきいて連想するのは、もう熊狩ではない。
 灰色を帯びた柔かい水色の空。旧市街はその下に午後のうっすり寒い光を照りかえしている。足場。盛に積まれつつある煉瓦。

 日本の勤労人員の幾割が農民であろうか。
 約四十八パアセントが農業に従っている。
 そのうち女性は何割だろう。
 四十三パアセント強約六百三十二万人は女子及び子供である。そして、昭和十一年の調査によると、小学校を卒業した子供たちの就業する先は農業が第一位を占めていて、男子は十九万六千余人(総数の四一・一%)女児は十八万四千五百余人(総数の四〇・六%)であった。
 農家を維持するに必要な最小限の耕地面積は略一町七反であると云われている。
 ところが実際では日本の全耕地所有農家の約半数が五反未満の田畑をもっているに過ない。
 玄米一石の生産費(昭和十二年度)
自作農二五円八七銭 小作農二八円七一銭
 現在の農村は事変以来二割近い手不足で甚だ困難している。従って老人、女子、子供は一層農村で大切な労働力となって来た。昨年は一部落当に老人二人婦人一人半子供十人半が平常より多く働いた。
 明日の農村の希望は零細な耕地の整理と資材の問題の解決とともに耕作が益々機械化されてゆかなければならないことである。日本型トラクターの能率は馬耕の二倍、人耕の十二倍で、しかも反当りの費用は人耕の四円五十三銭に比べて僅か一円九十五銭ですむ。

 もし私が肖像画家であったら、徳田球一氏を描くときどの点に一番苦心するだろうかと思う。例えば、徳田さんの眼は、独特である。南方風な瞼のきれ工合に特徴があるばかりでなく、その眼の動き、眼光が、ひとくちに云えば極めて精悍であるが、この人の男らしいユーモアが何かの折、その眼の中に愛嬌となって閃めくとき、内奥にある温かさの全幅が実に真率に表現される。それに、熱中して物を云うとき、体じゅうに押し出されて来る一種類の少いダイナミックな空気を画家だったら、どんな工合に捉えて再現するのだろう。
 徳田さんのもっている色調はきついチョコレートがかった茶色であり、それに漆がかっているような艷がある。風化作用に対して、いかにも抵抗力のきつい感じである。若さは、この人物のうちにあって、瑞々しいというようなものではなく、もっと熱気がつよく、動力蒸気の噴出めいている。
 話しの合間合間に交えられる手振も徳田さん独特だし、その手の指には網走の厳しい幾冬かが印した凍傷の痕があるのである。大いに笑う彼の顔を見て、一緒に大笑いしずにいることは困難であろう。
 或る演説の中で、徳田さんは、日本婦人の一般は、本人たちが自覚している以上のおどろくべき運命に陥っていると語った。そして日本の婦人は誰もが自由にかつえているばかりでなく、愛情にも飢えていると断言した。
 私は、こうした着眼点を知って、徳田さんの人間的感覚に改めて注目した。徳田さんの意味する愛情は、女対男の限られた範囲のものではなく、女の生活全面に配られるべき人間らしい思いやり、方策、現実的な援助としての愛情を、日本の婦人は実に貧寒にしか享けていないという意味なのであった。

 
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